第96回
日時:2006年10月7日(土) 14:00-16:00
場所:盛岡市上田公民館 地階会議室

テーマ:生命を科学するシリーズ(8)

話題: I.「環境ホルモンと結合するニジマスエストロゲンレセプターの発見秘話」
   II.「環境条件に応じて自分の身体の形や仕組みを変えるオタマジャクシ」
    森 司 (日本大学生物資源科学部)



 I.「環境ホルモンと結合するニジマスエストロゲンレセプターの発見秘話」

 この研究はまだ、環境ホルモンなどの話があまり世の中に出ていない時代の研究
なのですが、卵黄前駆タンパクのビテロゲニンはエストロゲンにより雌雄に関係な
く卵性生物の肝臓で合成されるタンパクです。この合成メカニズムはエストロゲン
がエストロゲンリセプターに結合した複合体が核内のビテロゲニン遺伝子に結合し
て、ビテロゲニン遺伝子を転写するプライマリーレスポンスの系であることが古く
から知られています。そのため、エストロゲンリセプター(ER)がどのような化
合物と結合すのかを調べる環境エストロゲン(E2)の研究によく使われている道
具となっています。当時はまだ、このような研究を行っている人がほとんどいなかっ
たため、否定的な意見が多かったのですが、ERには多くのステロイドが結合でき
ることを私なりに実験から認識しておりました。そのため、ステロイド合成パスウェ
イに従って手に入る全てのステロイドを購入、それを未成熟のニジマスのオスの肝
臓培養細胞に添加、ビテロゲニン遺伝子の発現の有無を調べた。
 その結果、ある一定の法則が見られた。水酸基やカルボニルなどの電子リッチな
官能基がステロイド骨格に直接付く場合は遺伝子発現を起こさない。この結果は、
私にはとても刺激的でした。物質が小さくなればなる程、電気的な性質が重要にな
ります。そこで、遺伝子発現を起こすステロイドとそうでないステロイドを分け、
それらの表面電化ポテンシャルを計算してみました。すると、遺伝子発現を起こす
ステロイドはステロイド骨格全体に渡り極性の無い電荷ポテンシャルを示し、遺伝
子発現を起こさないステロイドは骨格上にプラスやマイナスのチャージが出来てい
たのです。そのため、次に問題になるのはこのデーターとER とどのような関係に
あるのかを示すことです。 たまたま、この研究の前年に人間のER のX 線構造解析
のデーターがNature に出ていたので、このデーターを基にニジマスのERの構造を
組み立ててみました。 その結果、人間とニジマスのER は極めて似ており原子間の
距離の標準偏差が0.83Åと1Å以下でした(このことは2つの立体構造はほとんど
重なっていることを示す)。さらに、ER 結合サイトの電化ポテンシャルはステロ
イドと水素結合する部位の極性は高いが、ステロイドを囲む部位は極性の低い油の
ような状態になっており、この部位がステロイドと疎水性相互作用やファンデルワー
ルス結合を行い、ステロイドとの結合の安定化を図っていることが推測されたので
す。ビテロゲニン遺伝子の発現を起こさないものは、全てこの部位に極性があり、
ファンデルワールス結合を阻害することになり、ER との結合を阻害することを意
味するのです。
 さらに、以前からER にテストステロンが結合できることが分かっていましたが、
なぜ結合できるのかは不明でした。それについても、このドッキングテストで明ら
かにすることができました。ポイントはヒシツジンにあったのです。このアミノ酸
のpKa は6.0 であるため生理的条件下では半分が乖離しており、相手が水酸基で
もカルボニルでも水素結合ができるようになっていることが推測できます。
 森司ら:Journal of Steroid Biochemistry & Molecular Biology 75 (2000) 129-137.

  II.「環境条件に応じて自分の身体の形や仕組みを変えるオタマジャクシ」
環境条件に応じて自分の身体の形や仕組みなどを変えることを表現型の可塑性と言
います。この現象は多くの生き物たちに認められている現象です。歴史的には飢餓
状態にした線虫の卵の形状が変化したり、シロイヌナズナに紫外線を当てた時に葉
の形状が変化したりと実に多彩です。ただ、我々の実験では捕食者に対して被捕食
者が取る対応を分子の目で解析を試みようとした研究なのです。この捕食者−被捕
食者に関する表現型の可塑性も多くの生態学者が現象を報告していますが(例えば、
ミジンコ、オタマジャクシ、西洋フナ、原生動物など)、その分子的な背景は全く
研究がされていません。そこで、たまたま共同研究者が発見したエゾアカガエルが
エゾサンショウウオの存在で頭胴部を膨満させて捕食を免れる現象を分子生物学の
手法で解析することを試みました。その結果、エゾアカガエルはエゾサンショウウ
オの存在(噛み付くとか、追い掛け回すなど、物理的刺激は特に有効)によりカル
ボキシペプチターゼBやフイブリノーゲン、フイブリン、トリプシノーゲンなどを
著しく阻害していることが分かりました。このことから、先ずは血液凝固を妨げる、
つまりは血管系の維持が一番大切であることが推測されました。
 次に、発現促進されている遺伝子としては人間の水泡症と良く似た遺伝子やレト
ロトランスポゾンの遺伝子などが発現していることが分かった。今の段階では、現
象に関与している遺伝子群が分かったに過ぎず、どうにかしてファンクショナルな
シグナルトランスダクションのカスケード明らかにしていきたいと考えています。
 森司ら: Biochemical and Biophysical Research Communications 330 (2005) 1138-1145.