第92回
日時:2006年 1月21日(土) 14:00-16:00
場所:盛岡市上田公民館 地階会議室
テーマ:岩手の自然を見つめてシリーズ(21)
話題:「湿原の花と共生する昆虫たち」
鈴木 まほろ (岩手県立博物館 専門学芸調査員)
植物の花粉や蜜を餌とする動物は、ハチ・ハエ・甲虫・チョウ、
鳥やコウモリなど、様々な分類群にわたっている。その中で、花
を訪れた際に体表に花粉が付着し、別の花を訪れた時に付着花粉
の一部が落下することにより、結果として花粉の媒介を行い、自
らは動くことのない植物の送粉・受粉を扶助している動物を、特
に送粉者:ポリネータ(pollinator)と呼んでいる。動物を介し
て送受粉を行う種子植物は種数において多数を占め、一説では全
体の70%以上を占めると言われる。
このように、植物は餌資源を提供し送粉者は送受粉を扶助する
ことから、互いに利益を与え合う共生関係にある。中には、イチ
ジクとイチジクコバチ、ユッカとユッカガのような、生活史や形
態が互いに特化したきわめて特異的・排他的な共生関係も知られ
ており、共進化の例としてよく紹介される。
一方、一般的な植物と送粉者の関係は、そのように特異的なも
のではない。一つの花には様々な昆虫が訪れ、一匹の送粉昆虫は
一生の間に多くの種類の花を利用するのが普通である。したがっ
て、ある地域の植物相とポリネータ相から構成される送粉群集は、
多種と多種の間の緩やかな共生関係にあると考えることができる。
送粉者の生息環境や生活史、利用する植物は種ごとに違うので、
ポリネータ相の種組成は、環境や季節によって大きく異なること
が知られている。過去の研究は主に森林の送粉群集に焦点がおか
れ、森林性のハナバチが主要なポリネータとして働いていること
が分かってきた。では、他の環境のもとでは、植物はどんな昆虫
に送受粉を託し、どのような共生関係が成り立っているのだろう
か。
演者らは、岩手山のふもとに広がる春子谷地湿原において、ポ
リネータ相調査を3年間行ってきた。その結果と併せて、国内の
湿地とその周辺環境における送粉群集についての研究成果を紹介
したい。湿地のポリネータ相は、湿地内部に生息する昆虫と、外
部に営巣し採餌のために湿地に来る昆虫とに大きく分けることが
できた。またポリネータの種構成は、湿地の植生・規模に加えて
周辺の植生・景観構造によっても大きく異なることが示唆された。
湿地の送粉群集は森林とは異なり、多分に流動的・可塑的である
点を特徴として挙げることができよう。
このように様々な環境において得られたデータからは、現代の
大規模な人為的環境改変によって、ポリネータ相の質・量が大き
く変わりつつあることも推測できる。最近、北米の農業生態学分
野を中心にpollination crisisについての懸念が表明されている
のは、その表れと言えよう。そうしたポリネータ相の変化が植物
の種子生産の低下につながることも考えられる。このような応用
的問題についても触れたい。