第84回

日時:2004年6月19日(土)14:00 - 16:00
場所:盛岡市中央公民館 視聴覚室

テーマ:命を科学するシリーズ(4)

話題:「染色体の構造からみた長生きの秘訣」
   前沢 千早(岩手医科大学・医学部)

 不老不死は我々の共通の願いであり,誰しもが「一分・一秒でも長く健やかに生
きたい」と願うのではないでしょうか.ヒトの不老不死を阻んでいる最大の原因は,
「細胞は無限には分裂できない」という細胞老化(cellular senescence)の機構
によるものです.正常の細胞は分裂を重ねると,次第に増殖速度が低下し,ついに
は増殖そのものを停止してしまいます(Fig. 1).

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Fig. 1:細胞の継代と増殖速度の関連

細胞老化を引き起こす分子機構を解き明かす鍵は遺伝子情報の中に存在し,普段あ
まり働いていないヘテロクロマチンと呼ばれる領域にあります.
 我々の細胞の核を電子顕微鏡で観察すると,核膜の周囲に電子密度の濃い領域が
みとめられます.ここがヘテロクロマチン領域です(Fig. 2).

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Fig. 2:細胞核の電子顕微鏡写真
辺縁に電子密度の濃いヘテロクロマチン領域をみる.


ここは蛋白質の非翻訳領域であり,染色体の末端にあるテロメア,中心部のセント
ロメアなどが含まれます(Fig. 3).

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Fig. 3:染色体の構造
青で囲んだテロメアと赤で囲んだセントロメアはいづれもヘテロクロマチン領域である.


さらに,本来は翻訳領域でありながら, DNA自体あるいはDNAを取り巻くヒストン
蛋白に様々な修飾が加わることで,遺伝子の発現を抑制している領域も含まれます.
このヘテロクロマチン領域は,染色体の安定性を保つために極めて重要な役割を果
たしています.
 活性酸素を初めとする様々の老化促進物質は,直接的・間接的にヘテロクロマチ
ン領域のDNAに傷をつけ,この構造を破綻させてしまいます. DNA障害の蓄積は加
齢とともに増加し,染色体の不安定性,細胞増殖の停止あるいは細胞自体の自殺
(アポトーシス)をも誘導します.これが加齢とともに全身の細胞に生じることが
個体老化です.
 本日は,ヘテロクロマチン領域の構造とそこに局在する蛋白質の役割を,お話し
ます.
1.テロメアの短縮と細胞分裂との関連
2.DNA障害の蓄積と老化・発がんとの関連,
3.DNAやクロマチンの修飾構造(≒エピジェネティクス)の変化と細胞老化の関連
さらに,
4.最近話題になっている,低インシュリンダイエットの分子機構が老化研究に役
だっている,と言う話題をお話します.
最後に,我々の研究グループの研究成果をどのように患者様の治療に役立てようと
しているのか,お話いたします.