日時:2004年1月31日(土) 14:00 - 15:30
場所:岩手大学付属図書館 4階 グループ演習室
テーマ:病と戦うシリーズ (1)
話題:「HIV/AIDSワクチンの開発」
吉野 直人 (岩手医科大学・医学部)
AIDS(後天性免疫不全症)を引き起こすHIVの感染の拡大は非常に急速で
あり、特に発展途上国においては医療のみならず経済性・社会性でも危機的
状況に陥っている国々も存在しています。現在、世界には約4千万人のHIV感
染者がいて、2003年だけでも新たに5百万人が新たにHIVに感染し、3百万人
がAIDSで死亡しています。WHOは、「3 by 5計画」を昨年(2003年)末に開
始しました。これは、2005年までに3百万人のHIV感染者に治療薬を行き渡ら
せようというものであります。しかし、この計画はHIV感染者にとっては意
義のあるものですが、HIV感染の拡大の歯止めにはなりません。この感染の
拡大に対し最も有効な方法は、有用なAIDSワクチンの開発ですが未だに完
成していません。昨年8月の段階で臨床試験に入っているAIDS 候補ワクチ
ンは28種類あります。そのうちphase IIIまで到達できたものは1つしかあ
りませんが、この候補ワクチンも失敗に終わりました。
HIV感染の80%以上は性感染であり、HIVは最初に生殖器や直腸の粘膜面を
通過し感染していきます。即ち、これらの粘膜部位での防御能を高めるこ
とがHIV感染防御において非常に効果があるものと考えられます。しかし、
HIVに対しての粘膜部位での免疫応答やその防御免疫誘導のような粘膜免
疫を基礎とした研究は少ないのが現状です。また、HIV感染者の90%以上
は発展途上国の人々であり、現実にワクチンを必要としている多くの人々
は経済的に困窮している国々の国民です。ウイルスの一部を用いたリコン
ビナントタンパク型・ペプチド型ワクチンやDNAワクチンでは精製、投与
量等の面から考えて高価なワクチンとなってしまいます。近年研究が活発
に行われているテーラーメード型ワクチンでは技術・価格の両面から考え
て到底発展途上国の国々の人々に行き渡るワクチンが開発可能とは考えら
れません。ワクチンの費用を考えますと、ベクター型ワクチンが製造コス
トを抑えられると考えられます。現在リコンビナント型AIDSワクチンとし
て国内外で多く研究が行われているものとしてアデノウイルスベクターが
あります。しかし、一般の人々は自然界でアデノウイルスに感染する機会
が多くあり、アデノウイルスに対する免疫を既に獲得しています。小動物
を用いた研究ではアデノウイルスに対する免疫を獲得している場合、生体
ではアデノウイルスを排除しようと免疫系が活動し、リコンビナントアデ
ノウイルスベクターによる特異免疫の誘導は減弱されてしまうことが明ら
かになりました。本ワクチン開発では、ワクシニアウイルスを使用します
が、免疫対象者である若年層(10代後半?20代)は、WHOによる天然痘
撲滅宣言以降に生まれているためワクシニアに対する免疫を獲得していな
いので充分にワクチン効果が得られるものと推測されます。
本ワクチン開発では、弱毒ワクシニアウイルス(DI株)にSIVのgagとpol蛋白
を発現させた(rDIs gag-pol)ウイルスベクターを用いています。DI株は、
多賀谷・北村が約40年前(Nature 2報)に作成した弱毒ワクシニアウイル
スで、この株は哺乳類細胞では増殖できず安全であることが確認されてい
ます。さらに、rDIs gag-polの皮内接種によりサルモデルにおいて防御免
疫を誘導することに成功しています。しかし、ワクシニアウイルスの従来
の免疫方法である皮内への接種では、全身性免疫を高めることが出来るが、
HIVの感染経路である直腸や膣の粘膜部位へ特異免疫を誘導できるとは考え
にくいため、本研究では経鼻・経口免疫によりSIV gagに特異的な液性免疫、
細胞性免疫を粘膜部位及び全身に誘導できるかどうかを小動物(マウス)
を用いて検討しました。
経鼻・経口免疫を行なったマウスではSIV gag p27特異抗体が血清中で検出
され、経鼻・経口免疫したマウスの糞抽出液、膣洗浄液中でも特異抗体が
誘導されました。SIVp27特異抗体産生細胞は、脾臓、パイエル板、小腸の
粘膜固有層リンパ球でもELISPOTで検出されました。これは、確かに粘膜組
織で特異抗体が作られていることを示しています。細胞性免疫応答は、経
鼻・経口免疫マウスの脾臓から分離したCD4陽性T細胞にSIVgagで特異的な
刺激を加えることによりTh1 (IFN-γ) / Th2 (IL-4, IL-10)サイトカインが
産生され、ヘルパーT細胞が誘導されることが確認できました。さらに、
脾臓、小腸上皮間リンパ球でSIVgag刺激によるIFN-?産生CD8細胞も誘導さ
れていました。これは、全身にも粘膜組織にもSIV gag特異的CTLが誘導さ
れている可能性を示唆しています。免疫応答の指標の1つであるCD223の発
現も経鼻免疫を行なったマウスのパイエル板のT細胞でnaiveマウスよりも
有意に上昇していました。以上より、rDIsワクチンは経粘膜接種により膣
や腸管といったHIV感染の標的となる粘膜部位に免疫を誘導することが出
来ることが明らかになり、しかもこの免疫方法によりrDIsは、全身免疫・
粘膜免疫ともに抗原特異的抗体産生及び抗原特異的Th1/Th2ヘルパー機能
を誘導することが確認され、これらの知見は粘膜型HIV/AIDSワクチンの開
発に大きく寄与するものと考えられます。経粘膜免疫方法では注射器(針)
を使用せずにワクチン接種を行うことが出来きます。これは、痛みを伴わ
ないワクチンという意義だけでなく、途上国や戦後まもなくの日本で行わ
れていた注射器の使い回しによるB型肝炎等の感染症の拡大を防ぐことも
出来ます。今後、サルモデルを用いて経粘膜免疫によるrDIsの接種により、
効果的な防御粘膜免疫を誘導できれば、安全でかつ世界にあまねく普及で
きるワクチンとなると予想されます。
本研究は、国立感染症研究所・エイズ研究センターの本多三男先生との共
同研究です。