第70回

日時:2001年9月8日(土)14:00 - 16:30
場所:盛岡市中央公民館 第一講義室

話 題 1:「熱帯の踊り子:スナガニ科の行動・生理・生態」
  松政 正俊 (岩手医大・教養)

 望ましいことではないが,諫早湾の締め切りや各地での河口堰建設に関
連し,沿岸や河口の生き物たちとその環境が私たちの生活との関連でしば
しば話題なっている。私自身は,(1)そうした水辺に棲む生物たちのく
らしや,(2)その水域生態系における役割を明らかにするとともに,
(3)人間活動による汚染や物理的攪乱が環境や私達を含む生物圏へ与え
る影響を考えてきた。今回は,最も生き物くさい話題として上の(1)取
り上げ,諫早湾で有名になったシオマネキ(Uca属)を含むスナガニ科
(Ocypodidae)の陸適応と社会行動についてお話しする。
 スナガニ科カニ類には,海と陸の境界である潮間帯(底質が砂や泥の場
所を干潟と呼ぶ)という特異な環境に生息し,干潮時に巣穴から出て多様
な行動を示すものが多い。その種類は熱帯で多く,陸への適応様式を知る
ための対象として適している。例えば,空気呼吸に関しては,海産種の鰓
はあまり効率的ではない。潮間帯の上部に生息する種類では鰓数および面
積・容積が減少し,逆に鰓を納める空所(鰓室)の容積が増加している。
この鰓室の上皮は薄い呼吸上皮となっており,いわゆる「肺」として機能
する。また,コメツキガニ亜科(Dotillinae)のいくつかの種類は,足
(歩脚)にあるティンパナという器官で呼吸する。それでは,なぜティン
パナはコメツキガニ亜科全体で広く発達しなかったのか。生理・形態的デ
ータから,陸への侵入過程でのもう1つの問題−体液浸透圧調節の点での
ティンパナのデメリットを指摘し,最近の分子系統解析の結果を参照しつ
つ1つの仮説を述べる。
 スナガニ科には日中の干潮時に活動する種類が多いので,その多彩な社
会行動も容易に観察することができる。雄のみで大きい鋏脚(性による形
質の違いを性的二型という)を振り上げるウェービングは,その最も顕著
なものである。また,砂や泥で干潟表面に構造物をつくる種類もいる。こ
れらの行動が進化の過程でいかに獲得・固定されてきたかという問題は,
個々の行動の利得(適応度の増分:どれだけ子孫を残すか−行動生態学で
の定義)とコスト(生存率低下や,時間・エネルギーの損失)のバランス
から論じられる。ただし,野外における行動の利得とコストの推定は難し
い場合も多い。シオマネキ類については,どのような行動を示す雄が配偶
相手をより多く得ることができるか(正確には,どんな雄が雌に好んで選
ばれるか:female choice)によって利得が推定されている。一方,コスト
推定は個々の行動に費やされる時間や,それに付随して低下する生存率で
評価されることが多い。しかし,エネルギーコストの評価が野外でなされ
た例はなく,パナマのシオマネキの1種(U. beebei)の?糖値(厳密には?
リンパ中の濃度)および?中乳酸値の変動からエネルギーコストを推定しよ
うとした試みを紹介する。



話 題 2:「海洋生物の興奮性アミノ酸」
酒井 隆一(北里大学水産学部)

 L-グルタミン酸やアスパラギン酸などの酸性アミノ酸は哺乳動物の中枢
神経シナプスにおいて主要な興奮性神経伝達を司る神経伝達物質である.
これらのアミノ酸はグルタミン酸受容体(GluR)と呼ばれる一連の膜タン
パク受容体に作用し、イオンの流入や細胞内情報伝達系を引き起こすことで
生理作用を発揮する。これらの化合物は脳の働きに欠かせない一方、虚血な
どを引き金に高濃度に蓄積すると癲癇や神経細胞死を引き起こすと考えら
れている.グルタミン酸やアスパラギン酸以外にもGluRに作用する化合物
がいくつか天然から見出されてきた.その代表といえるのが海藻から得ら
れるカイニン酸とドウモイ酸である.これらの化合物は長年駆虫薬として
用いられてきたが、現在では神経科学になくてはならない試薬として活躍し
ている.GluRに作用する化合物はGluRの脳内での生理的役割の解明や脳疾
患との関連を研究する上で欠かすことができない。このため製薬会社など
ではGluRをターゲットとした化合物の合成が盛んに行われているが、天然
からそのような化合物を探し出す研究はほとんど行われていなかった.我
々の研究室では海洋生物を材料に新規の興奮性アミノ酸を単離することを
目的に研究を進めてきた.その結果、ミクロネシア産の海綿Dysidea
herbaceaより今まで見出された興奮性アミノ酸中最も強力かつユニークな
活性を示す化合物ダイシハーベインを単離することに成功した.今回はそ
の構造、生理作用、そして海綿組織における局在を中心に話を進めたい.