第65回

日時:2001年5月12日(土)14:00 - 16:00
場所:盛岡市中央公民館 第一講義室

「大気汚染の生物影響〜ディーゼル排気ガスと肺がん、気管支喘息、環境ホルモン〜」
嵯峨井 勝 (青森県立保健大学)

はじめに
 近年、我が国の大気汚染は、従来の硫黄酸化物や降下ばいじんを中
心とした固定発生源型汚染から大都市、幹線道路沿い等における二酸
化窒素(NO2)や浮遊粒子状物質(SPM)を主体とした移動発生源型汚
染に変わってきた。特に近年、自動車保有台数の増加が著しく、なか
でもディーゼル車の増加が著しく、NO2とSPMの環境基準値達成率は非
常に悪く、ヒトの健康に対して深刻な状況にある。
 本稿では、ディーゼル排気による肺がんの増加、気管支喘息との因
果関係、及びディーゼル排気の環境ホルモン作用について報告する。
1.ディーゼル排気微粒子(DEP)による肺がんの増加
  ディーゼル排気ガスの吸入により実験動物に肺がんができることは、
1985年までに世界の6研究施設からのラットを用いた大規模な実験で
証明されていた。その後、ヒトの疫学調査結果などから 、ヒ トの肺
がんとの関連も明らかになり、WHOや米国カリホル二ア州EPAなどが
ヒトに対する発癌物質であると認定し、昨年日本の環境庁も認めるに
至った。
 日本国内においては、前記疫学調査結果などからのリスクアセスメ
ントにより、国内の肺がん死亡者の11.5%がディーゼル排気微粒
子(DEP)によると報告されている。そのメカニズムについても報
告する。

2.ディーゼル排気と気管支喘息の因果関係
  近年、世界的に気管支喘息患者が増加していることが知られている。
その原因は様々に考えられるが、大気汚染の関与が指摘されてきた。
しかし、異論が多く、裁判においても10数年間の争いが続いていた。
  私達はディーゼル排気ガスあるいはディーゼル排気微粒子(DEP)
がマウスに気管支喘息を引き起こすことを見出したのでその研究結果
について紹介する。
 まず、DEPをマウスの気管内に繰り返し長期間注入する実験で、気
管支喘息の基本病態である @ 好酸球の浸潤を伴なう慢性的気道炎症、
A粘液(痰)の過剰分泌、B気道過敏性の亢進が明瞭に発現することを
見出した。次に、気管支ぜん息はアレルギー性疾患であるので、アレル
ゲンとDEPの併用投与実験を行い、非常に短期間で、しかも少量のD
EP投与で上記基本病態が発現することを見出した。最後に、ディーゼ
ル排気ガスを吸わせ、アレルゲンも吸わせる実験で同様の結果を得た。
 これらの知見が、評価され、昨年判決が出た2つの裁判では、大気汚染
による気管支ぜん息はディーゼル排気によることが認定され、道路管理
者である国に対して汚染の差止めと健康被害補償を命じた。

3.ディーゼル排気の環境ホルモン作用について
 私達は、雄マウスにディーゼル排気を長期間吸わせると精子の産生能
力が半減することを見出し報告した。これは、DEPに含まれている有
害化学物質が精巣のライディヒ細胞を傷害し、精子の成長に必須な男性
ホルモン合成を阻害することによることを見出した。その後、ディーゼ
ル排気を吸わせた雄ネズミを正常な雌ネズミと交配すると膣閉塞などの
奇形を持った子供が生れることも見出した。このことは、ディーゼル排
気は精子の数を減らすだけではなく、精子の質的異常をも引き起こすこ
とを示している。

4.終わりに
  近年、ディーゼル排気が生物に対して、広範な健康障害を引き起こす
ことが明らかになってきた。これらの健康被害の費用を推計した研究も
報告されるようになってきた。それらについても触れ、ディーゼル排気
対策がいかに緊急の課題であるかについて報告したい。