「新興、再興感染症について」
理事長
熊坂 義裕

 WHO(世界保健機関)によれば新興感染症とは「かつて知られ
ていなかった新しく認識された感染症で局地的、あるいは国際的に
公衆衛生上問題となる感染症」のことであり、再興感染症とは「既
知の感染症ですでに公衆衛生上問題とならない程度にまで患者数が
減少していた感染症のうち、再び流行しはじめ患者数が増加したも
の」と定義されている。

  新興感染症としては1970年以降だけで30種以上出現して
いる。
病原性大腸菌O−157、新型コレラ、クリプトスポリジウム症、
エイズ胃潰瘍、胃癌との関係が濃厚なヘリコバクターピロリ菌、C
型肝炎イギリスで話題になったウシ海綿状脳症などである。

 一方、再興感染症としては、劇症型A群レンサ球菌、ペストジフ
テリア、結核、百日咳、サルモネラ、コレラ、マラリアなどがあげ
られる。これらのうち日本では、今、結核の再流行が問題となって
いる。この原因の一つには、薬剤耐性菌が増えたこともあるが、公
衆衛生上の対策がかつての結核 全盛時代ほど徹底されていないこ
とが問題点として指摘されている。

 最近新聞紙上を賑わせている結核の院内集団感染は正に後者であ
り、対策の遅れの虚をつかれたといえる。

 新興、再興感染症の流行は先進国と発展途上国間の世界的な人の
動きの活発化、食材の国際的な流通化と密接に関係している。
さらに地球温暖化、都市化なども大きな要因と考えられている。全
世界で毎年感染症で1700万人が死亡しているが、21世紀に向
かって前述した要因は改善されるとは考えられず感染症の脅威がま
すます増大することは確実である。

 今世紀最大の科学史上の発見といわれた1928年の抗生物質ペニシ
リンの発見に始まり、一時は、「感染症恐るるに足らず」といった
風潮も生まれたのもつかのま、再び、最も恐るべき病気が感染症と
なりつつあることを思う時、科学万能の誤った考えの愚かさを、長
年抗生物質の開発に携わった一人として改めて思い知らされる。