「活性酸素と病気」その1
理事長
熊坂 義裕


最近、活性酸素という言葉を耳にする機会が多くなったと思いま
せんか。 実は、今、活性酸素は、我々が臨床的に病気と判断して
いる病態のほとんどに関与していることがわかり、病気の新しい治
療法や予防法が開発される為にも、とても重要な研究分野となって
きています。
私も大学の研究室にいた時に、糖尿病と活性酸素の関係の研究をし
ており、私の博士論文のテーマでもあるので、研究生活を離れたあとも、
ずっと活性酸素には興味をいだいてきました。

 今回から数回にわたって活性酸素と病気の話をしてみたいと思い
ます。

 まず活性酸素について簡単に説明します。人間も好気性生物であ
る以上酸素なしには生きられません。酸素はあらゆる元素の中で最
もエネルギー効率の高い元素であり、この酸素を利用し生成するこ
とによって生きているのです。そしてこの酸素を消費する過程で活
性酸素はたえず生成されます。 活性酸素にはスーパーオキサイド
(O2・-)、過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシラジカル(HO・)、一重項酸素
(1O2)の四種があります。これら活性酸素は、強力な毒性を有してお
りそれぞれ単独であるいは共同で生体の蛋白、脂質、核酸、酵素な
どを酸化することによって攻撃し、さまざまな障害をひきおこす原
因となっています。逆にこの毒性を利用もしています。好中球など
の食細胞が細菌を殺す強力な武器として、又、癌細胞を殺すのにも
利用しています。

 一方、生体にはこれら活性酸素による酸化的障害から身を護る機
構が種々備わっていることもわかってきました。スーパーオキサイ
ドを消去するスーパーオキサイドジスムターゼ (S0D)という酵素が
1969年に発見されたことがきっかけとなり、この絶妙なバラン
スの上に私たちの生命が成立っていることもわかりました。すなわ
ち、このバランスのくずれがさまざまな病気を発生させるらしいと
いうことがわかってきたのです。(次回につづく)






「活性酸素と病気」その2
理事長
熊坂 義裕

 血中コレステロールの値、特に悪玉コレステロールといわれる低
比重リポ蛋白(LDL)の値が高いと動脈硬化になりやすい事は皆
さんもよくご存知だと思います。

最近になって、血管の内皮細胞、あるいは平滑筋細胞、血液内の単
球、マクロファージ(貪食球)などにより産生される活性酸素によ
るこのLDLの酸化が動脈硬化をひきおこす決定的な原因の一つで
あることが判明し注目を集めています。

少し難しくなりますが、活性酸素により酸化を受け変性したLDL
が直接的に血管の内皮に障害を与えまたこの酸化LDLがマクロフ
ァージに貪食され、このマクロファージは泡沫化して集積し、やが
て血管の内腔を狭め、ついには血管を閉塞させるという事がわかっ
たのです。

この事実の解明によりLDLの酸化をおさえれば動脈硬化の進展を
抑制することができますので薬の開発を含めて今この方面の研究が
盛んに行なわれています。

 フランスでは非常に高い脂肪摂取量にもにもかかわらず心筋梗塞
などの冠動脈疾患で亡くなる確率が低いという不思議な現象もこの
ことによって説明できます。すなわちフランス人は赤ワインを沢山
飲みますが赤ワインにはポリフェノールという物質が多く含まれて
おり、この物質はLDLの酸化を強く抑制することがわかっていま
す。実際に赤ワインを飲んだ後に採血したLDLは酸化されにくい
事実があります。食品などに含まれる天然のものとしては、ビタミ
ンEやC、В−カロチンなどがLDLの抗酸化物質として知られて
います。 高比重リポ蛋白(HDL)は善玉コレステロールと呼ば
れますが、HDLが前述のビタミンEなどの抗酸化物質を多数含ん
でいること、HDLに結合している種々の酵素が抗酸化作用をもっ
ていることなどにより強い 抗動脈硬化作用を有することがわかっ
てきています。

 活性酸素の研究は、老化の最大要因である動脈硬化に新しい光り
を当てようとしています。
(次回につづく)





「活性酸素と病気」その3
理事長
熊坂 義裕

  糖尿病は、インスリンというホルモンの作用不足によってひきお
こされる。イ
ンスリンは、膵臓のβ細胞でつくられるが、このβ細胞は、活性酸
素による酸化的ストレスに弱いことが知られており、糖尿病発症と
の関係が疑われている。実際に生体内で活性酸素を発生させるアロ
キサンという化学物質をラットやマウスに投与して実験的に糖尿病
を発症させることができるし、逆にSOD(スーパーオキサイドジ
スムターゼ)などの抗酸化酵素を投与することによって発症を阻止
することができる。

 網膜症、腎症、神経症などの糖尿病合併症や、糖尿病患者に多い、
心筋梗塞や脳梗塞にも深く関与している。高血糖状態では蛋白の糖
化(グリケーション)が亢進するが、生じた糖化蛋白は、種々の酵
素と反応して活性酸素を生成する。糖化蛋白自体も合併症進展と密
接に関係するが、これに活性酸素による酸化反応が追い打ちをかけ、
細胞や組織を障害する。

 さらに糖尿病では、SODなどの抗酸化酵素が糖化によって変性し、
その作用が阻害され、相対的にも活性酸素による害を受けやすくなっ
ている。
 このような理由から活性酸素消去能を高める事が、糖尿病の進展や
合併症を防ぐことにつながるのではないかと考えられるようになり、
最近この方面の研究が注目されてきている。

(次回につづく)





「活性酸素と病気」その4
理事長
熊坂 義裕

  細胞が癌化するのには、多くの段階がありますが、一
般的には、まず遺伝子DNAに質的な異常が生じ(イニシ
エーションといいます)、次に癌化を促進する刺激が繰り
返し加わる(プロモーションといいます)事によって発生
するといわれています。

イニシエーションは、化学物質によって引き起こされる場合
が多く、又これらの化学物質が活性酸素の発生源になります。
そして活性酸素は遺伝子を傷つけることが判っています。

プロモーションは、活性酸素による持続的な細胞障害が重要
といわれています。これらの事から活性酸素が持続的に体内
で生じた場合、容易に癌が発生することが推測されます。

すなわち癌を予防するためには、若い時から活性酸素を
除去する物質、例えばビタミンEやC、βーカロチンなど
の抗酸化物質を豊富に含んだ食物を摂取することがポイン
トとなります。

これらの食品としては、人参、セロリ、ニンニク、 キャベツ、
ショウガ、大豆などが知られています。
 今からでも心がけて摂取するようにしてみませんか。





「活性酸素と病気」その5
理事長
熊坂 義裕

「寿命について」
今回は、寿命に活性酸素が大きく関与しているという話です。

動物は種によって寿命が異なります。
生物学的にみた場合、代謝率の大きい動物程短命であり、逆に小さ
い程長命の傾向があります。代謝率の大きい種の代表としては、短
命のハツカネズミ、小さい種の代表としては長命のヒトです。代謝
率が大きいということは熱効率が悪いという事でありハツカネズミ
などの小動物では、体重の割りに体表面積が大きく体温維持にエネ
ルギーがいることと関連しています。

代謝率が大きいと当然酸素消費量が多くなり、その分細胞内で活
性酸素が余計に発生します。前号でもお話したように活性酸素は細
胞や組織を傷つけ、さらに脂質を酸化し老化の元凶ともいうべき過
酸化脂質を作り出し寿命を縮めるというわけです。もちろん、種の
寿命については初めから遺伝子DNAにプログラムされており、そ
の種のそれなりの代謝率になるように生まれてくるわけですが、活
性酸素が寿命に絡んでいる事はまぎれもない事実と言わざるを得ま
せん。

 この事を別の角度から証明する事実として、活性酸素を除去する
抗酸化酵素の代表であるスーパーオキサイドディスムターゼ(SO
D)活性と寿命との関係を調べた研究があります。寿命の長いヒト
が最も高いSOD活性を有しており、逆にハツカネズミは最も低い
グループに入っています。

 さらに興味深いことは抗酸化物質として知られるビタミンEやC
の動物種別の濃度と寿命も正比例することが証明されています。そ
してこれもヒトが最も高い濃度を有しています。長生きは誰もが望
むことですが人類は活性酸素の学問的な見地からみても、最も長生
きを保障された動物といえます。



参考文献  吉川敏一著 「フリーラジカルの医学」
診断と治療社1997