フォトレポート1 (平成18年度埋文展)
芋田U遺跡は盛岡市北部、国道4号沿いにある平安時代を中心とした村です。家のあとからは、墨(すみ)で文字が書かれたり、ヘラで記号などが刻まれたりした土器などが、多く見つかっています。なかでも文字が数文字以上並ぶ墨書(ぼくしょ)土器は、村の中に文字に慣れ親しんだ人がいたことを想像できそうです。
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島田U遺跡は宮古湾を望む丘陵地に位置する平安時代の鉄生産の村です。この地域で豊富に取れる砂鉄を原料に、100年以上にわたって、鉄作りや道具作りを行っていました。刀や鏃(やじり)、鎌(かま)や鋤先(すきさき)、釣針(つりばり)などの製品が作られていることがわかっています。
高木中舘遺跡は、北上川の東側、平野より小高い場所にある9〜10世紀を中心とした平安時代の村のあとです。また、12世紀のお墓も見つかり、中国産の焼き物の破片や、鉄製の武器が、焼けた骨と一緒に出土しました。当時、平泉で栄華を誇っていた藤原氏と関係がありそうです。