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いわて遺跡めぐり

 世界遺産に登録された平泉の文化遺産は12世紀を中心に安倍・清原・藤原の三氏の時代の遺跡を含んでいます。当センターは平泉町はもとより、県内の関連遺跡を広く調査し、重要なデータを提供してきました。
 
都市「平泉」の遺跡
 
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 JR東北本線平泉駅の北約900m、北上川にかかる高館橋の手前の台地にあります。
 当センターは第21・23・28・31・36・41次の調査を担当し、遺跡を区画する大規模な堀・橋脚・園池・祭祀遺構・掘立柱建物などを検出、墨書折敷(おしき−お膳のようなもの)・かわらけ(素焼きの杯)・皿・金付着礫・国産や中国産の陶磁器などが出土しました。
 堀の内側の部分は平泉館(ひらいずみのたち)」と推定されており、遺跡群の中でも重要な遺跡の1つです。
 

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大規模な堀
松鶴鏡(しょうかくきょう)



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 JR東北本線平泉駅の西約100m、平泉町役場周辺の市街地南端に広がる遺跡です。
 当センターが担当した調査では、掘立柱建物・道路・溝・井戸・池・坩堝(るつぼ)埋納遺構・トイレ遺構などを検出し、かわらけ・陶磁器・木簡・轡(くつわ)・馬骨・笹塔婆などが出土しました。
 この結果から、「都市」平泉には道路の規模・間隔に一定の規格があることが指摘されています。

 

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両側に側溝のある道路  
鴛鴦文轡(えんおうもんくつわ)

 


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 東北本線平泉駅の南東側から、南側を流れる太田川の北岸に広がる地域に位置します。
 8回にわたる当センターの調査では、掘立柱建物・井戸・土坑・溝などを検出し、陶磁器・かわらけ・瓦・下駄・鏡・漆器などが出土しています。
 16次調査で一部が検出され調査区外に広がる建物は、平泉遺跡群の中でも有数の規模を持ち、重要な用途を持つ中核的なものだったと考えられます。
 


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大規模な建物の跡  
常滑産突帯付四耳壺



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 奥州市衣川区の南東部、衣川の北岸に位置します。
 平成17年度の調査では、掘立柱建物、堀などが検出され、堀からは12世紀のかわらけが大量に出土しました。このことから、この遺跡が堀に囲まれた居館であること、堀の内側では儀式・儀礼がさかんに行われていたことが分かりました。
 同じく衣川の北岸にならぶ六日市場(むいかいちば)・細田(ほそた)・衣の関道(ころものせきみち)遺跡(同衣川区)の調査とも合わせ、衣川の北側にも平泉の市街地が広がっていたことが明らかになりました 。
 

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堀に囲まれた居館  
堀から出土した大量のかわらけ

県内各地の関連遺跡
 
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 本町U(もとまちに)遺跡(平泉町)からは9世紀に開発された畠(はたけ)跡が見つかり、清衡入部以前にこの地域に生産基盤が確立していたことが明らかとなりました。また、12世紀後半に造成されたと考えられる墓域も検出されています。
 他にも、玉貫(たまぬき)遺跡(奥州市水沢区)・明後沢(みょうごさわ)遺跡(同前沢区)のかわらけ、高木中館(たかぎなかだて)遺跡(花巻市)の白磁四耳壺片、河崎の柵擬定地(かわさきのさくぎていち) (一関市川崎町)の六器(ろっき−仏具の一種)、山屋館経塚(やまやたてきょうづか)(紫波町)の経塚状遺構など、同時期の遺構・遺物が県内各地で見つかっています。特にかわらけ片の出土した新地野道下(しんちのみちした)遺跡(奥州市江刺区)は、俗に清衡経と呼ばれる「紺紙金銀字交書一切経」(国宝)の写経所の一つ「江刺郡益沢院」の所在地として推定されている江刺区増沢地区にあるなど、今後の研究が期待されます。
 また、蛇蜓蛆(じゃのめり)遺跡(花巻市石鳥谷町)や河崎の柵擬定地からは、藤原氏に先行する安倍氏時代の遺物や遺構が確認されています。


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六器(河崎の柵擬定地)
経塚状遺構(山屋館経塚)
11世紀の土器
(蛇蜓蛆遺跡)

 奥州藤原氏の時代の様々な文字・絵画資料

 

 当センターが調査した平泉の遺跡群からは、折敷の上板やかわらけに書かれた文字や絵画が出土しています。文字にはひらがな・カタカナ・漢字があります。何かのメモや宴席の座興で歌などを書きつけたものなどがあるようです。絵画には秋草や建物などを描いたものがあります。
 文字類で注目されたのが、柳之御所遺跡の井戸から出土した「人々給絹日記」(ひとびとにたまうきぬのにっき)折敷と志羅山遺跡出土の「ニヨホウキヤウ」木簡です。「人々給絹日記」の表面には「信寿太郎殿」などの人名、「狩衣」などの衣服、「青」等の色が、裏面には布のサイズ・数量・品質などが書かれており、何かの儀式の際に配布された衣服のメモと推定され、またそこに記された12名の人物は、奥州藤原氏の一族と家臣団のあり方の手がかりになると考えられています。「ニヨホウキヤウ」木簡は石に如法教経を書いて埋める風習(礫石経−れきせききょう)が平泉に存在したことを示唆しました。


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「人々給絹日記」折敷  
通常写真
赤外線カメラ
「ニヨウホウキヤウ」木簡
 
 
※このページの地図は電子国土Webシステムで作成しております。
 

※このホームページは公益財団法人岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センターが、
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