(8) 石原 純

訳者 石原 純 氏 は、東北帝大理科大学教授で、
生涯、アインシュタインを日本に紹介する事に尽くさ れた方です。
著書は「相対性原理」「物理学概論」「理化学辞典
(編)」他多数。
(そう言えば、私が子供の頃は「相対性理論」「相対論」と言うよりは、
むしろ、「相対性原理」と呼ぶことの方が多かったような気が する、、、。
しかし今では、相対論は、相対性原理と光速一定の原理の二つで構成されている、
と考えられているので、「相対性理論」又は「相対論」と呼ぶほうが良いようだ。)

本の最後の説明には、1939年に初版発行となっているのであるが、
これは実に、アメリカで出版された年の翌年ではありませんか!!!
そして、私が本書を買った1995年の時点でなんと第76刷を数えている!

本文は、非常に、こなれていて読みやすい。
名訳です。

訳者石原純

石原 純 氏とアインシュタイン夫妻。
この写真は、1922年、アインシュタインが
改造社の招きで日本を訪問した時のものです。
(その時の船中でノーベル賞の受賞を伝えられたそうです。)
石原 純 氏もアインシュタイン夫妻も非常にリラックスしている。
実際、とても楽しい旅行だったようです。

石原 純 氏は、アインシュタインの講演では通訳を務められ
そのわかりやすい翻訳が非常に好評だったそうです。

この時、日本中が大変なアインシュタインフィーバーになったらしい。
およそ、ビートルズやヨン様の比ではなかったようです。

きわめつけは、色街で「相対小唄
(あいたいこうた)」っていう歌まで流行ったらしい。
相対
(あいたい)とは逢い引きの意味、
とくに、なじみの芸者と秘密の逢瀬を楽しむ時に使われた言葉だそうです。
言うまでもなく、相対論のシャレだよね。
いやはや困ったもんだ。(^^;)

ことほど左様に、アインシュタイン騒動はすさまじかった、、、。

アインシュタインはこれ以来すっかり日本が気に入ったそうです。
日本食では、てんぷらを大いに堪能し、
芸能では、「どじょうすくい」を見て、とても喜んだという事です。

その後、広島と長崎に原爆が落とされた時、
アインシュタインは、非常に心を痛め、そして、
原爆が相対論の応用である事の責任感にうちひしがれたのだそうです。

それで、晩年を平和運動に捧げる事になったのです。


  
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